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大阪地方裁判所 平成5年(ワ)9207号 判決

原告

柏木厚美

ほか一名

被告

橋口貞司

ほか三名

主文

一  被告橋口貞司は原告らそれぞれに対し、金一六六五万六四六三円及びこれに対する平成四年二月四日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

二  原告らの被告橋口貞司に対するその余の請求、被告第一運輸株式会社、被告有限会社三広梱包、被告日新火災海上保険株式会社に対する請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告らと被告橋口貞司の間ではこれを九分し、その五を原告らの、その余を被告橋口貞司の負担とし、原告らとその余の被告らの間では原告らの負担とする。

四  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  被告らは、各自原告らそれぞれに対し、金一五〇〇万円及びこれに対する平成四年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告橋口貞司、被告第一運輸株式会社及び被告有限会社三広梱包は、各自原告それぞれに対し、金二一六五万円及びこれに対する平成四年二月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

普通貨物自動車二台(〈1〉、〈2〉)、大型貨物自動車が関係し、普通貨物自動車〈1〉の同乗者が死亡した事故において、その遺族から普通貨物自動車〈1〉の運転者に対し民法七〇九条、自賠法三条に基づき、普通貨物自動車〈2〉及び大型貨物自動車の保有者に対し自賠法三条に基づき、普通貨物自動車〈1〉の自賠責保険会社に対し自賠法一六条に基づき、それぞれ損書賠償請求をした事案である。

一  当事者に争いがない事実等(証拠に基づく事実は証拠摘示する。)

1  本件事故の発生

日時 平成四年二月三日午前四時二〇分頃

場所 滋賀県蒲生郡蒲生町木村地先高速自動車国道中央自動車道西宮線(通称名神高速道路)下り線四四一キロポスト附近

事故車 被告橋口運転、柏木章吾(亡章吾)所有、亡章吾助手席同乗の普通貨物自動車(奈良四五さ二八〇三)(橋口車両)

森山運転、被告第一運輸株式会社(被告第一運輸)所有の大型貨物自動車(鹿児島一一き一五八六)(森山車両)

石塚遭転、被告有限会社三広梱包(被告三広梱包)所有の普通貨物自動車(大宮一一え四九八五)(石塚車両)

態様 橋口車両は、走行車線上を、八日市インターチエンジ方向から竜王インターチエンジ方向に、時速約七、八十キロメートルで走行し、追越車線に進入していたところ、折から追越車線上を時速約一〇〇キロメートルで走行していた森山車両と衝突し、その衝撃により、道路左側のガードロープに衝突し、その反動で、追越車線に跳ね返つた。その際、亡章吾は、車外に放り出されて路上に転倒した(本件第一事故)。その後、追越車線を走行してきた石塚車両は、亡章吾を巻き込み、追越車線上に停止していた橋口車両に衝突した(本件第二事故)。亡章吾はこれらの衝撃のいずれかないしそれらの全部ないし一部があいまつて肺挫傷の傷害を負い、死亡した。

2  責任原因

(一) 被告日新火災海上保険株式会社(被告日新)

被告日新は、亡章吾との間で、橋口車両を目的とし、保険期間を平成三年五月三一日から平成四年五月一一二日、保険金額を三〇〇〇万円とする自賠責保険契約を締結した。

(二) 被告橋口

被告橋口は、スキー旅行の帰途、被告橋口が橋口車両を運転中、本件事故を引き起こしたものであるから、同人は橋口車両の運行供用者である。

(三) 被告第一運輸

被告第一運輸は、森山車両の所有者であつて、その従業員である森山がその業務遂行のために運転中本件事故を引き起こしたものであるから、森山車両の運行供用者である。

(四) 被告三広梱包

被告三広梱包は、石塚車両の所有者であつて、その従業員である石塚がその業務遂行のために運転中本件事故を引き起こしたものであるから、石塚車両の運行供用者である。

3  原告らは、亡章吾の両親であり、他に亡章吾の相続人はいない(甲七、原告厚美本人尋問の結果)。

二  争点

1  被告日新の責任の有無

(一) 原告らの主張

被告橋口は、前記のとおり、橋口車両の運行供用者であるところ、亡章吾は、橋口車両の所有者であるが、被告橋口と運転を交代するに当たつて、眠いので代わつてくれと伝えており、現に本件事故当時眠つていたものであるところ、眠つている間の運転については意識がない状態にあつたから、いつでも運転の交代を命じ、あるいは、その運転につき具体的に指示することのできる立場にはなかつたので、自賠法三条にいう他人に当たり、被告橋口は、自賠法三条の責任を負い、一2記載の事実を併せ考えると、被告日新は、自賠法一六条一項に基づき、原告に対し、本件事故に基づく損害を三〇〇〇万円の限度で賠償する責任がある。また、仮に、亡章吾の運行支配が被告橋口より直接的・顕在的・具体的であつたとしても、それを理由に亡章吾の他人性を一〇〇パーセント否定すべきでなく、割合的に他人性を肯定すべきである。

賠償範囲の制限及び過失相殺の主張は争う。

(二) 被告日新主張

本件事故は、亡章吾及び被告橋口のスキー旅行という共同目的による交替運転中の事故であるから、所有者及び当時の運転者被告橋口は共同運行供用者に該当する。

そして、事故防止について中心的な責任を有する所有者は、運行支配を有する以上、自賠法三条にいう他人には該当しないと解すべきところ、ここでいう運行支配とは、自動車の運行について指示、制御をなしうべき地位と解すべきことは確立した判例であつて、仮眠中の所有者についても、そのような地位を否定すべきではないから、他人には該当しないと解すべきであつて、被告日新に対する請求には理由がない。

仮に、被告日新に責任があるとしても、2(二)記載のとおりその賠償すべき範囲は制限すべきであり、橋口車両を運転するに至つたのは同行していた脇田が運転を断つたために、亡章吾からその代わりを強く勧められたことによること、亡章吾は、自動車修理士の免許をもつていたのに、被告橋口が、橋口車両がスピードが出ないと言つたのに、適切な対処をしなかつたこと、亡章吾はシートベルトをしておらず、このことがその死亡に大きな影響を与えていることからすると、相当の過失相殺がなされるべきである。

2  被告橋口の責任の範囲、過失相殺

(一) 原告ら主張

被告橋口には、自賠法三条に基づく責任があること1記載のとおりである。被告橋口は、後方確認を欠いたまま、橋口車両を追越車線に進入させ、そうでなくとも、同乗者が気になつて脇見運転をしたため、前方注視を欠いたまま漫然と進行し、ハンドル操作を誤り、橋口車両を急激に追越車線に進入させたため、本件事故を引き起こしたものであるから、民法七〇九条に基づく責任がある。したがつて、いずれにしても、本件事故によつて、亡章吾に発生した損害を賠償する責任がある。

過失相殺の主張は争う。

(二) 被告橋口主張

原告ら主張は争う。特に、被告橋口が橋口車両を急激に追越車線に進入したことは否認する。被告橋口は、前方車両が走行していたため右折表示をした上で、追越車線に進入しようとしたが、直ちに加速しなかつたため、少し間をおいてから追越車線に進入したものである。

亡章吾が死亡したのは、本件事故によるものであるが、直接の死因となつた衝突は、どの時点でのものかは不明であること、第一事故は被告森山の前方不注視、速度違反によるものであつて、被告橋口の過失は不明であること、第二事故は被告石塚の前方不注視の重過失によるものであることからすると、被告橋口には、過失がないないし因果関係がないから、亡章吾に対する賠償義務はなく、少なくとも、死亡に対する賠償責任はない。

仮に、被告橋口に何らかの貴任があるとしても、被告日新の過失相殺における主張と同様の理由で、相当の過失相殺をすべきである。

3  被告第一運輸の責任、過失相殺

(一) 被告第一運輸主張

本件事故は、森山が、橋口車両が前方走行車線上を異常なく走行していることを確認した後、追い越すため、追越車線を走行中、必要な安全確認をしていたところ、被告橋口が、車線変更をしていることや減速していることの認識もないという異常な走行をして、追越車線に進入した一方的な過失により発生したものであつて、森山には橋口車両の割り込みを予見する可能性も義務もなく、本件事故を回避することは不可能であつたから、森山には過失がなく、森山車両には構造上の欠陥、機能上の障害もなかつたから、被告第一運輸は免責である。

また、仮に責任があつたとしても、亡章吾も橋口車両の運行供用者であるから、被告橋口の追越車線進入時の、ハンドル換作不適、後方確認欠如の過失は被害者側の過失とすべきであり、少なくとも八割の過失相殺がなされるべきである。この点、好意同乗に止まるとしても、損害の公平な分担の観点から、同様の処理をすべきである。

(二) 原告ら主張

森山には、橋口車両を追い越すに当たり、追越車線に進入後は後方を確認する必要はないのに、後方に気を取られ、前方の橋口車両の動静の注視を怠つた過失及び制限速度を二〇キロメートル上回る時速一〇〇キロメートルで走行した過失により、本件事故を引き起こしたものであるから、自賠法三条にいう免責には該当しない。

過失相殺ないし好意同乗減額の主張は争う。亡章吾と被告橋口は元の同僚であつて友人にすぎず、右両名は身分上ないし生活関係上一体をなすとみられる関係にないことから、被告橋口の過失をもつて、過失相殺することは許されない。

4  被告三広梱包の責任、過失相殺

(一) 被告三広梱包主張

亡章吾は、第一事故により高速道路上に、未明時、他の多くの散乱物と一緒に倒れていたものであつて、石塚には、予見可能性や回避可能性がなく、不可抗力によるものであつて、石塚車両には構造上の欠陥、機能上の障害がないから、被告三広梱包は免責である。

また、仮に、責任があつたとしても、被告第一運輸主張と同様、少なくとも八割の減額がなされるべきである。

(二) 原告ら主張

石塚は、前方にハザードを点灯した車両を二台見つけていたから、その時点で減速するないし少なくとも前照灯を上に向け前方を確認する義務があつたのにそれを怠つた過失があり、それによつて本件第二事故を引き起こしたものであるから、被告三広梱包は免責とはならない。

減額に対する主張は、被告第一運輸に対する主張と同旨である。

5  損害

(一) 原告ら主張

逸失利益五二〇〇万円(亡章吾は、死亡当時二七歳の男子で電気工業等を目的とする「みのりや電工有限会社」の代表取締役の職にあり、月収四〇万円の報酬を得ていたから、それを基礎収入とすべきで、以下の計算となる。480万円×(1-0.5×21.643)、亡章吾の慰謝料二〇〇〇万円、葬儀費用一〇〇万円、治療費・処置費九万円、遺体運送料二一万円

(二) 被告ら主張

不知ないし争う。特に、逸失利益の基礎収入に関しては、被告が計算の根拠とするのはみのりや電工有限会社の決算書であるところ、経費の計上等不正確なものであるので、信用性が低い。

第三争点に対する判断

一  本件事故前の経緯及び本件事故の態様並びに被告らの責任

1  本件事故前の経緯及び本件事故の態様

甲二、乙一ないし一〇、一一の各1、2、一二ないし一七、一八及び一九の各1、2、二〇ないし二五、丙一ないし七、戊一、証人森山、同石塚の各証言、被告橋口本人尋問の結果によると、以下の事実を認めることができる。

亡章吾、脇田幸和、被告橋口(昭和三八年一月一五日生、本件事故当時二九歳)は、亡章吾が日興電気工業株式会社に勤務していたころの同僚であるが、橋口車両でスキー旅行に行くため、平成四年二月一日午後一一時三〇分大阪市北区南森町にある同会社の車庫で集合した。当初は、神鍋高原に行く予定であつたが、被告橋口の希望もあつて、石川県の白山スキー場に予定地を変更し、翌二日午前零時頃出発した。当初は被告橋口が、最後に白山スキー場に至るまで亡章吾が、それぞれ運転し、名神高速道路及び北陸自動車道を経由して、同日の朝到着した。橋口車両は、加速が悪く、最高でも時速約八〇キロメートルしか出ない状態で、そのことを亡章吾、脇田及び被告橋口は熟知していた。同日は、そこでスキー等して遊び、午後五時ころ近くの白山一里温泉へ行き、温泉に入り、食事、買物をして、午後八時ごろから車内で仮眠し、午後九時三〇分頃、亡章吾の運転で、帰途についた。被告橋口は助手席で、脇田は後部座席で眠つたり起きたりであつたが、亡章吾、被告橋口はシートベルトを装着していなかつた。当初の予定では、特に、時間や場所は決めていないが、運転に疲れたら、亡章吾、脇田、被告橋口の順に運転を代わる予定であつた。被告橋口は、出発の約六時間後ころ、多賀サービスエリアで、亡章吾に、眠い上、脇田は眠つているから、運転を代わつてくれと頼まれたため、交代して運転を開始した。

本件事故現場は、通称名神高速道路下り線の八日市インターチエンジ及び竜王インターチエンジの中間附近にある。本件事故現場は、ゆるやかな左カーブからほぼ直線となつたところで、障害物はなく、見通しはよく、交通規制はなく、速度は法定速度である時速八〇キロメートルに規制されていた。本件事故現場附近の道路はアスフアルト舗装で、平坦で、本件事故当時湿潤しており、道路照明が無いため暗く、パトカーの前照灯で照射したところ、上向きで約八〇メートル、下向きで約四〇メートルは確認できたが、その前方は見えにくい状態であつた。交通量は、事故発生後四五分経過時点で約二・一キロメートルの渋滞となる状況であつた。

被告橋口は、橋口車両を運転して、本件事故現場附近走行車線上である別紙図面〈ア〉附近を下り方面に向けて、時速約七、八十キロメートルで走行していた。橋口車両は徐々に追越車線に進出し、同図面〈イ〉を経て、同図面〈ウ〉に至り、その右後部が同図面〈3〉に至つた森山車両左前部と同図面〈×〉で衝突し、走行車線方向に進出し、ガードロープに衝突して、跳ね返され、電気系統が不良となり、同図面〈I〉附近で停車した。その際、亡章吾及び被告橋口は衝突の衝撃で跳ばされ、亡章吾は、同図面a附近に転倒し、被告橋口は前胸部打撲、腹部打撲、頭部打撲、左肋軟骨骨折、両側胸腔内出血、両側肺挫傷の傷害を負つた。

森山は、貨物運送のため、運転の交代要員である花木を同乗させ、森山車両を運転して本件事故現場附近走行車線上を、時速約一〇〇キロメートルで、前照灯を下に向け(照射距離約四〇メートル)、下り方面に向けて走行していた。目的地への到達や花木との交代等の運行スケジュールは、時速一〇〇キロメートルで走行することを前提としていたため、森山は、平均してその速度を維持する必要があつた。森山は、前方に橋口車両を認めたところ、他車より遅かつたため、当初は何らかの異常を疑つたが、速度の点以外には異常が認められなかつたため追い越すこととし、橋口車両の後方約一〇〇メートルの地点に至り、追越車線や橋口車両の前方に車両がないことを確認し、追越車線に進路変更し、同図面〈1〉附近に至つて前方を注視したところ、約五〇メートル前方の同図面〈ア〉附近を走行している橋口車両を認めたが、進路変更の合図もなかつたため、その後は橋口車両から目を離し、サイドミラー等で後方のないし計器類等の確認をして、同図面〈2〉附近に至つた際前方を見ると、橋口車両が約一七・八メートル前である同図面〈イ〉附近に走行車線から進出していたのを認めたため、危険を感じ、ハンドルをやや右に切りながらブレーキをかけたが、結局、前記の態様で、橋口車両と衝突し、同図面〈4〉附近でハザードランプを点灯し、止まるか止まらないかのうちにまた走行を開始し、路側帯である同図面〈5〉附近で停止した。

重岡は、大型貨物自動車(重岡車両)を運転して、時速約一〇〇キロメートルで、森山車両の直後の追越車線上を進行していたところ、森山車両と橋口車両の衝突の瞬間は気付かなかつたものの、橋口車両がガードロープに衝突した際、その横を通過し、その衝突に気付いたため、ブレーキを踏んで、同時にハザードランプを点灯させ、森山車両後方三ないし四メートルに停止した。

石塚は、石塚車両を運転して、本件事故現場附近の道路追越車線上を下り方面に、前照灯を下向きにして(照射距離約四〇メートル)、時速約一〇〇キロメートルで同図面〈A〉附近を走行していたところ、前方約二百メートルの同図面〈4〉、甲附近にハザードランプを点灯して進行している森山車両と重岡車両の二台を認めたが、それらの車両の前方で何らかの異常があつたのかと考え、前照灯を上向きにはせず、一応、アクセルを離し排気ブレーキによつて減速し、時速約八〇キロメートル程度で進行していたところ、追越車線上に車両の破片等が多数散乱しているのを認めたがその瞬間はブレーキはかけず、その直後同図面〈B〉附近で、前方約二〇メートル附近である同図面〈I〉附近で破損し横向けに停車している橋口車両を認め、急ブレーキをかけたが及ばず、同図面〈C〉付近で、同図面〈a〉附近に転倒していた亡章吾と衝突し、車底部にまきこみながら進行し、同図面〈D〉附近に至つて、同図面〈×〉附近で同図面〈I〉附近の橋口車両と衝突し、同車を同図面〈オ〉附近まで押し停止させ、同図面〈E〉附近で停止した。

亡章吾は、胸部打撲による肺挫傷によつて死亡したが、他にも脳挫傷、骨盤開放性骨折という致命傷があり、頭蓋骨骨折、右第三ないし第一〇肋骨骨折、胸腔内出血、全身打撲、擦過傷及び挫傷の傷害も負つていたが、いずれの傷害も本件第一事故と本件第二事故のいずれによつて生じたか、あいまつて生じたものかは特定できない。

本件事故現場では別紙図面記載のとおりのスリツプ痕があつた。

石塚車両の前照灯の上向きの場合の照射距離は確かめられておらず、前照灯の位置ごとに、具体的に散乱物と共に転倒していた亡章吾の発見が可能な位置は実験によつて特定されていない。

(二) なお、被告橋口の捜査段階における供述調書(乙一九の1、二四)中には、本件事故の原因は、後方座席に目をやり、前方不注視であつたため、ハンドル操作が不適切となつたので、追越車線に進出したことにあるとする部分がある。しかし、一方、その本人尋問においては、第一事故の前の記憶はあるものの、その直前追越車線に進入した過程の具体的記憶はないとし、その供述内容は必ずしも被告橋口に有利なものではないから、一定程度信用性がある上、前記のとおり、本件第一事故によつて被告橋口自身も車外に飛ばされ、重傷を負つているのであるから、一部記憶を欠損することも十分ありえ、この点からも、右供述は裏付けられているものである。したがつて、前記各乙号証は、これらの点に照らし信用できない。

また、逆に、被告橋口の本人尋問中には、後方確認をして右折指示をして、追越車線に進出したとする部分もあるが、同じ供述中で具体的記憶はないとするものであるから、右部分は推測にすぎず、その旨認定することもできない。

そして、証人石塚は前照灯が照射した先端で橋口車両を認め、急ブレーキをかけた旨証言するものの、捜査段階における供述(乙三、二一)では、橋口車両の二〇メートル手前に至つて初めて橋口車両を発見し、急ブレーキをかけたとする部分があり、前記のとおり時速八〇キロメートルでの空走距離は約一八メートルであるから、証言のとおりであるならば、橋口車両との衝突前にスリツプの痕があるのが自然であるのに、前記のとおりそれ以降からスリツプ痕があるものであるから、それらの点から右証言は信用できない。

3  被告日新の責任について

当該車両の所有者は運行について最終責任を負うべきであるから、原則として、自賠法三条にいう他人には該当しないところ、所有者が睡眠中であつても、本件においては、所有者も免許を所持しており、同乗しての交代運転の過程でたまたま睡眠していたに過ぎないこと、そもそも被告橋口の運転は所有者である亡章吾も共同してたてた計画の一環であり、被告橋口が本件事故の際具体的に運転に従事していたのも、亡章吾の指示によるものであること、右計画での強行な日程による疲労が被告橋口の過失の少なくとも間接的な原因であることは容易に推測できること、本件事故には橋口車両の加速が悪かつたことも影響しているところ、亡章吾はその点を熟知していたことからすると、亡章吾の運行支配が及んでいることは明白であつて、他人性は否定されるべきである。なお、原告は、他人性を割合的に考えるべきと主張するものの、自賠法三条が他人の損害のみを賠償するとし、その解釈として、運行支配が優位な所有者の他人性を否定している趣旨は、この保険が責任保険であつて、事故について責任を負うべきものに対する賠償を認めないことにあるから、運行支配が優位である場合には、他人性は割合的に認定すべきでない。

したがつて、被告橋口には自賠法三条の責任は認められず、被告日新は、同法一六条一項の責任は負わない。

4  被告橋口の責任の構成、範囲、過失相殺

前記のとおり、被告橋口に自賠法三条の責任は認められない。

しかし、前記の本件事故に至る経緯や本件事故態様からすると、被告橋口には居眠運転、前方不注視、ハンドル操作不適ないし進路変更の際の後方確認懈怠のいずれかないしそれらの競合した過失があることが推認できるから、被告橋口には民法七〇九条に基づく責任がある。

そして、前記のとおり、亡章吾の死亡は、本件第一事故あるいは本件第二事故のいずれによつて発生したか特定することはできないものの、前記の事故態様からすると、本件第二事故が発生するに至つたのは、本件第一事故によつて亡章吾が橋口車両から飛ばされたことによるものであり、一般的に、夜間高速道路上に人が飛ばされ、転倒した場合に、後続車両に衝突されることは予想でき、本件第一事故と本件第二事故は時間的、場所的にも近接していて、一連のものととらえるべきであるから、仮に、本件第二事故によつて亡章吾が死亡したとしても、被告橋口の過失との相当因果関係は否定されない。

ただ、亡章吾は橋口車両の所有者であつて、その運行の最終的責任を負うべき者であることに、前記の他人性を否定すべき事情及び亡章吾が車外に飛び出したのは亡章吾がシートベルトを着用していなかつたことによることを総合考慮すると、本件事故の発生ないしそれによる亡章吾の死亡には、亡章吾の落度や危険運転への関与も少なからず影響しているというべきであつて、その割合は前記の事実からすると、五割をもつて相当と認める。

5  被告第一運輸の責任について

仮に、森山が追越しのため追越車線を走行するに至つた後、橋口車両を注視していたとしても、森山車両と橋口車両の速度の差、森山が、橋口車両が走行車線を走行していた最後を認めた地点でも約五〇メートルしか距離がなかつたことからすると、追越車線への進入に気付くのは約五〇メートルより近くに至つてからということとなる。そして、森山車両の速度が、仮に、法定速度の時速八〇キロメートルとして、当裁判所に顕著な一般的な空走時間〇・八秒を前提とすると空走距離は約一八メートルであつて、湿潤したアスフアルトを前提とした一般的な摩擦係数〇・三を前提とする制動距離は約八二メートルで、乾燥したアスフアルトを前提とした一般的な摩擦係数〇・七を前提としても約三五メートルであるから、路面が湿潤していた本件事故当時は、到底五〇メートル未満の距離で停止できず、結局、仮に前方を注視して、すぐさま回避措置をとつたとしても、橋口車両との衝突は不可避ということになる。よつて、森山に前方不注視があつたとした上、そのことに、時速二〇キロメートルの速度違反があつたことを総合考慮しても、森山の過失によつて本件第一事故が発生したといえず、本件第一事故は、専ら、被告橋口の過失によるもので、その態様からして、森山車両の構造上の欠陥、機能上の障害は本件第一事故と関係がなく、被告第一運輸は免責である。

6  被告三広梱包の責任について

前記認定の事実からすると、石塚は、転倒していた亡章吾を発見していなかつたので、前方不注視があつた可能性もあるが、前記認定の時速八〇キロメートルを前提とした空走距離及び制動距離からすると、下向きの前照灯による照射距離である四〇メートルの範囲では停止することはできないから、仮に前方不注視があつたとしても、本件第二事故との因果関係は認められない。また、二〇〇メートル先にハザードランプを点灯した車両が前方を走行している場合も、その前方で車両が渋滞していて、減速を要する等が一般的であるから、直ちに、著しく減速、徐行、停止等したり、前照灯を上向きにして異常の原因を特定する義務まではないと解するべきである。したがつて、石塚に落度があつたとしても、本件第二事故と因果関係はなく、本件第二事故は専ら本件第一事故、即ち、被告橋口の過失によるものであつて、その態様から石塚車両の構造上の欠陥、機能上の障害は本件第二事故と関係がなく、被告三広梱包は免責である。

二  損害

1  逸失利益 四五三二万五八五二円

甲四、九、一〇の1ないし4、原告厚美本人尋問の結果によると、亡章吾(本件事故当時二七歳男子)は、高校を卒業して、二年半程西武運輸で働き、そこで自動車整備士の資格をとつたこと、退職後電気関係の専門学校に入り、日興電気工業に就職し、そこに三年間勤め、その後自営で電気工事業に従事していたが、その間電気関係を初め各種の資格を取得したこと、平成三年四月二日、みのりや電工有限会社を設立し、代表取締役となつて、その経営に従事したこと、そこでは初年度から一応利益の上がつている状況で、亡章吾死亡後である平成四年三月三一日の後に作られた決算報告書においては、亡章吾の一〇か月分の役員報酬が四〇〇万円とされていたこと、亡章吾名義のみのりや電工有限会社の会計も管理していたと推測される通帳やみのりや電工有限会社名義の通帳からは月平均すると四〇万円を超える金員が下ろされていることが認められる。

しかし、決算報告書の作成時期が亡章吾死亡後であること、決算報告書に対する裏付がなく、その正確性は担保されていないこと、みのりや電工有限会社は設立後亡章吾死亡まで約一〇か月しか経過していないので、継続性には問題があることからすると、前記事実によつても、原告主張の金四八〇万円を労働可能年齢である六七歳まで継続して得る蓋然性までは認められない。しかし、亡章吾の前記の稼働状況に照らすと、その期間、当裁判所に顕著な平成四年賃金センサス産業計企業規模計男子労働者学歴計二五歳から二九歳平均年収四一八万八五〇〇円を得る蓋然性は認められるので、生活状況から生活費を五割控除し、新ホフマン係数によつて中間利息を控除すると、左のとおりとなる。

418万8500円×(1-0.5)×21.643=4532万5852円(小数点以下切り捨て)

2  亡章吾の慰謝料 二〇〇〇万円

亡章吾の生活状況等の事情によると、右額が相当である。

3  葬儀費用 一〇〇万円

甲八の1、2、原告厚美本人尋問の結果によると、亡章吾の葬儀費用として、少なくとも右額以上の支出がされたと認められるところ、本件事故による損害としては、原告ら主張の右額が相当である。

4  治療費・処置費九万円、遺体運送料 二一万円

甲五の1から4、甲六、原告厚美本人尋問の結果によると、少なくとも、原告主張の右額が認められる。

5  損害合計 六六六二万五八五二円

三  被告橋口に対する過失相殺後の損害 三三三一万二九二六円

四  被告橋口に対する相続後の損害 各原告 一六六五万六四六三円

五  結語

よつて、原告らの請求のうち、被告橋口に対しそれぞれ一六六五万六四六三円及び不法行為の日以降である平成四年二月四日から支払済みまで民法所定の年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める範囲で理由がある。

(裁判官 水野有子)

〔別紙図面 略〕

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